花火

暑さも本番となり、夏の代表的な風物詩といえば、「花火」を挙げる方も多いでしょう。

日本の花火の歴史は、種子島に火薬が伝来した1543年(天文12年)以降、1613年(慶長18年)にイギリス国王の使者ジョンセリスが駿府城を尋ねた際、持参の花火を見せたのが始まりという説が最も有力で、日本で最初に花火を見た人物は、かの徳川家康とされているそうです。

見る者を魅了する風情のある花火ですが、その裏には、「火薬」という危険物を取り扱う張り詰めた環境下で、数千~数万時間にもおよぶ準備期間を経、命に関わる危険と隣り合わせの現場で戦っている花火職人がいることを想像できるでしょうか。

 

花火職人はこう語ります。

「職人として一人前になるには、やはり最低でも10年かかり、一人前になるまで頑張れるのはだいたい半分。辞める者は、下積みの仕事がつまらないと感じ、最大の繁忙期である夏に休みが取れない状況に耐えきれず、三年以内に辞めてしまう。今は機械(電気点火器)を使って、遠隔操作で打ち上げる場合が多いが、昔は人間の手で玉を筒に落として花火を上げていた。筒の上でまごまごしていると人間の手など、簡単にぶっ飛ばされてしまう。上がった花火を鑑賞している暇などなく、筒口だけを見ていろと言われていた。目の前で爆音を立てて上がっていく花火を、何千発、何万発と繰り返し、その間、絶えず火の粉や玉の燃えカスが空から降ってくる。打ち上げ現場はまさに戦場で、戦いが終わるとしばらく難聴にもなる。そんな職人でしか絶対に味わえない世界を貴重な経験と感じ、ある種の憧れのような思いを持てる者でなければ、務まらない。簡単な作業は一切なく、すべての工程を完璧にこなせる職人でなければ、一つの花火を造ることはできない。三尺玉のような大作を造りたければ、更に厳しく長い年月の修行が必要。」

 

日本の花火競技会で高い評価を受けるのは、多重芯と呼ばれる技術。簡単に言うと円の中に、更に小さい丸が幾層にも広がる花火。三重芯、四重芯、今では最大で五重芯までだが、八重芯を作れれば花火職人として一流と呼ばれるそうです。花火は、その職人の趣味や性格でいか様にも造ることができるが、人を感動させる花火は、やはり職人としての丁寧さや、きめ細かさ、几帳面さが重要で、それが花火のクオリティとして現れるそうです。地道な作業の上に成り立っているのですね。

伝統を継承する職人の作り出す夜空の大輪の花、「花火」。

厳しい修行と職人としての誇りが、今年も多くの大輪の花を咲かせてくれるのを愉しみにしたいです。


By epAdmin|2017年7月24日|2017年,ニュースリリース|


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