天の川

7~8月は、本当なら天の川がひときわ明るく、美しく見える季節であります。
・・・昨今は、「光害」とでも申しましょうか、人口の明かりが多過ぎて、天の川の光はかき消されて
しまって見え難いのですが、都市から離れた標高の高い場所に行けば、見えるのかもしれません。
筆者などは専ら、テレビで紹介される映像や写真で見るのみとなっております。
月明りでさえ障りになると言いますから、天の川の光は本当に、淡くひそやかであるのです。

天の川とは、円盤状の星の大集団である銀河系の中心部を、その端の方に位置する地球から眺めた時
に、空を南北に縦断して流れる川のように見えるため、そのように呼称されるようになったものです。
基本的に1年を通して何かしら見えているはずなのですが、日本では夏のこの時期に丁度、最も星雲が
密集している銀河系の中心方面を向くので、天の川がより濃く見えるということなのです。

天の川は、紀元前の昔から、視認されてはいました。
しかし当然ながら、その正体を正確に認識するのは難しかったようであります。
アリストテレスは天の川を星ではなくて、大気上層の気象現象だと思っていたようですし、6世紀に
なって、そのアリストテレスの学問について研究、注釈を行ったピロポノスも、気象現象にしては
視差が無さすぎるのではと、違和感を覚えるも反論するまでには至らず、11世紀のイスラムの学者
ハイサムも、天の川を観測して、「月よりも遠くで起きている現象」と言ったそうです。
天の川の実体が、無数の星の集合体であることを始めて確認したのは、17世紀のガリレオ・ガリレイで
ありました。
ガリレイは、それまで無視されていた地動説を強力に唱えて断罪されたことで有名な学者ですが、
アリストテレスであろうと誰であろうと、たとえどんなに権威のある学者の説であっても鵜呑みにしてはならず、自らの実験と調査で検証を行うべきであると、現代につながる科学研究の手法を示してくれた人でした。
・・・ちなみに、当時の権威勢力である教会の圧力に屈した後、『それでも地球は回っている』と
つぶやいた、というエピソードは、あとから弟子達によって付け加えられた話ではないか、ということです(笑)。

さて、天の川が鮮やかに天空を彩るこの季節には、全国各地で七夕祭りが行われます。
七夕祭りは、元々は、中国の宮中行事であったそうです。
針仕事などの上達を願うものだったようで、これが平安時代に日本に伝わり、貴族の間で広まりました。
江戸時代には、お盆の前行事として、神事とも関連付けられた祀り(まつり)であったようですが、
現代では形だけを残して、一般的には笹に願い事を書いた短冊を飾るというだけの、お子様向け年中
行事になっております。
そういえば、青森の「ねぷた祭り」や秋田の「竿燈祭り」も、七夕に起源を持つ行事で、農作業中に
襲ってくる睡魔=穢れを祓って流す、「眠り流し」の神事であったという説があるようです。
(この説を最初に唱えたのは民俗学者の柳田國男でしたが、「ねぷた」の起源については地元の人々との間で解釈の相違があった様子)
七夕祭りは昔からの慣習で7月7日に行われていますが、これは現在の新暦でいえば随分先、例えば2023年なら、8月22日にあたるそうです。
なるほど、梅雨の真っ盛りに天の川がマトモに見えるものかと思っていたら、本来は8月後半の行事
だったわけですね。
俳句の世界でも「七夕」は秋の季語になっておりました。

ところで、七夕についての資料を読んでおりましたら、面白い記述がありました。
七夕が本来は神事であるということに関連して、「ほとんどの神事は、午前1時に執り行われる」と
して、その時刻を「夜明けの晩」と称しているのです。
「神事」というのは本来、「秘儀」であるため、真夜中に行うのは分かるとして、「夜明けの晩」って何ですか?
「かごめかごめ」の童歌にも出てくる一節ですが、よ~く考えると意味不明です。
「夜明け」は陽が昇る前後、「晩」は夜間を指す言葉。
矛盾していますよね。
これを追求するのは殆どムダなので止めておきますが、あえてこういった形容矛盾を使うことで、
人知を超えた、神秘的な、幻想的な世界観を演出しているのだろうと、楽しんで考えることにいたしました。


By Admin|2023年6月30日|2023年,ニュースリリース|


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